病院で言うべきこと云々。

昔は、僕は死にたいとは思えませんでした。
僕が死んだら、友人や家族に迷惑をかけるし、もしかしたら悲しませるかもしれないし、葬式とかでお金もかかるし、僕が今まで生きてきた間にかけてもらったお金や想いや様々な労力を一つも帰すことが出来てないままだし、不幸になる人も居るかもしれないし、作品も、まだ僕自身が満足して死ねるような作品も未だに作れてないし、痛いのは大嫌いだし、死んだら本当にどうしようもないし、と想っていました。
でも最近は挫けています。
もう人のことを考えるのが辛いです。自分のことを考えるのはたくさんです。僕が自分の満足するような作品を作れるのはいつの日なんでしょうか。来るのでしょうか。
最近は独りになると、死にたいという言葉が常に頭に鮮明にちかちかしています。辛い、楽になりたい、死んだあとの他人を気にしているその心すら、感じなくなってしまいたい。
逃げ終わってしまいたい。終わりたい。僕に残された熱意も夢も情熱も願いも、全てもう忘れたふりをして死んでしまいたい。
結局今僕が一番辛いのは、人間関係でも作品が作れないことでも妄想に取り付かれることでもなく、単純にお金のことです。僕にかかっているお金です。僕にかけたお金です。今は何より学校によって多大にかかるお金です。そしてそれの浪費を抑えることの出来ない、僕の弱さ、体たらく、甘えにあります。
バイトも怖くて出来ません。学校もうまく通えません。我武者羅なんて言葉が、もう、分からないです。
辛いです。それを止めてしまいたいです。
辛いです。それをもう意識できなくなってしまいたいです。
辛いです。何よりもう親のそれを省みることすら苦しくて考えられない自分がいやです。
僕はもう終わってしまいたい。
夢に見た、自殺はきっと僕の強い願望なんだろうと思います。
もう僕は色々駄目です。もう、詰んでいるのです。ゲームオーバーです。ずっとバッドエンドのクレジットを延々と見せられている気分です。
僕は結局最後は身勝手だと思います。謝っても謝り切れません。本当に生きてきたことに対して謝罪の念しか抱けません。
恨まれても仕方ないです。どうしようもないです。
ただ、もう、耐えられなくて。本当に耐えられなくて。
耐えられない。
でも、死に方がよく分からないです。痛いのが怖すぎるのです。
楽な死に方で調べてみても、厳しい「生きろ」という言葉ばかりが飛び交っていて、自殺を悪だと罵る言葉ばかりが飛び交っていて、感情論ばかり飛び交っていて余計に苦しくなってしまいます。
僕はもう悪でもいい。最低でもいい。弱くてもいい。駄目でもいい。責められてもいい、から。
辛い。
楽になりたい。
逃げ終わってしまいたい。
もう、いやだ。